「9999999999」という数字を見て、何を思うだろうか。九十九億……と桁を数える前に、たいていの人は「9がたくさん並んでいる」と感じるはずだ。最近、この人間に見えている繰り返しを、そのまま書ける記法を思いついた。「9'10」と書けば9を10個(9999999999)、「123'3」で123を3回(123123123)、という具合である。数表記反復演算子と名づけ、いずれ論文の形にまとめて、世の中の標準記法として採用されないものかと、ひそかに目論んでいる。
この記法、ただ数字を短く書くためだけのものではない。応用すれば、桁を揃えた数字もうまく扱えるのだ。たとえば、伝票番号や整理番号で「00046」のような表記を見たことはないだろうか。あれはただの46ではなく「5桁の枠に収めた46」であって、先頭のゼロにもちゃんと意味がある。ところが多くのソフトでは、00046と打つと先頭のゼロが消えてしまう。この記法なら「0'5 + 46」と書くだけで、値と桁数をひとまとめに扱えてしまう。ゼロ埋めや固定幅という、実務で地味に面倒なあれこれが、同じ仕組みの中ですっきり片づくのだ。我ながら、なかなか応用が利くではないかと、ひとり悦に入っている。
ところで、関西の言葉に「しらこい」というのがある。標準語に訳そうとすると、これがなかなか難しい。「白々しい」「とぼけている」「ずる賢い」。どれも近いが、一語では届かない。ところが関西人なら「あいつ、しらこいなあ」のひと言で済んでしまう。態度も、空気も、少し腹の立つ感じまで、丸ごと一語に詰まっているのだ。これを標準語で伝えようとすると、何文も費やした挙句、「まあ、そういう感じ」と苦笑いで締めるしかない。
ここで大事なのは、この言葉ができる前から、その感覚自体は存在していたということだ。呼び名とは、無から何かを生み出す発明ではなく、すでに人間が感じ取ったものに、名前を与えて、定義し、抽象化する発明なのだと思う。名前のないものを誰かとともに考え論じるには何倍もの言葉と時間がかかり、その範囲にも自ずと限りが出てくる。
しかし、ひとたび呼び名がついて抽象化されると、できることが次々に増えていく。まず、長く説明せずとも、他人とその感覚を共有できる。たとえば「うつ病」や「パワーハラスメント」。名前がつく前から、その苦しみは確かにあったのに、気の持ちようや厳しい指導とされ、本人すら飲み込むしかなかった。それが呼び名を得た途端、共有され、相談でき、対策や制度をつくる対象になった。このように呼び名は、一段複雑なことを考える足場になり、やがて「書かれた手順」として、極めて安定的に、桁違いの回数、効果を繰り返し生み続ける。プログラムとは、まさにそれだ。そうして初めて作れるもの、見つかるものが現れてくる。呼び名で呼ぶという行為が積み重なって、やがて文明を一段、押し上げていくのである。
数表記反復演算子の話も、まったく同じだと考えている。一見すると機械のための省略記法に見えるが、コンピュータにとって「9999999999」と「9'10」の差は、人間ほど大きくない。機械は長い数字を苦にしないし、むしろ新しい記法を覚える手間が増えるだけだ。だからこそ、こんな記法を機械の側から提案してくることは、まずない。これは人間が見ている姿を、人間のために書き留める記法なのである。便宜の主語は、機械ではなく、あくまで人間の側にある。
考えてみれば、命名とはずいぶん高度な営みである。動物は名前をつけない。コンピューターも、できるが前述のようにあまり関心がない。それと、コンピューターは決して責任を取ってはくれない。どれだけAIを使って何かをしても、その結果の責任は人間が引き受けるしかない。名づけることと、引き受けること。どうやらこのあたりが、人間に残された仕事の本丸らしい。
ただし、ここからが逆説である。数学者でもない僕が、記法を思いつき、定義を整え、矛盾を潰し、先行事例を調べ、論文の体裁にこぎ着けられたのは、ひとえにAIがそばにいたからだ。前回紹介したPOUCHESのときもそうだった。AIに丸投げして自分が考えなくなるのなら、何も楽しくない。けれども、自分の思いつきを遠くまで運ぶ増幅器として使えば、ずぶの素人でも、一つの提案を世に問うところまで行けてしまう。
AIが何でも答えてくれる時代に、人間の出番はむしろ増えるのではないか。というか、もうお役御免だねと隠居を決め込んでいる場合ではない。まだ名前のないものを見つけ、呼び名を与え、それを育てて世に送り出す。コンピューターそのものではなく、それを使う人間の頭のほうが、一段賢くなっていく。機械に任せて楽になるのは良いことだ。ただそこで捻出した時間を使って、世界を少し広げるほうが面白い。子への名付けから始まり、認知したものに呼び名を与える営みが、人間を押し上げ、楽しくさせるものであるはずだ。
2026.06

