Webマガジン「月刊CAMNET電子版」
2018年から連載している記事のアーカイブです。

#37

前景より背景、点より線に気を配ると、毎日が楽しくなると思う

「引き算の美学」と聞いて、無駄なものをひたすら削ぎ落としシンプルにすることだと信じていた以前の僕は、デザインにおいてあらゆる重複を嫌い、ビビッドな色使いに過度に慎重になっていた。ところが、作ったものを見る自分の心は沸き立たないし、いただく評価もおのずから低調であった。

その考えは、そこはかとなく良いと思えるデザインに接する日々を経て、「素材の良さを引き立たせる」ことに尽きるのだと変容した。

服や名前シールなど、子どもに関係するデザインを選択する機会は定期的にやってくる。様々な色、キャラクター、柄。際限なき選択肢に、ついついそれ自体が可愛く子供らしいものにしたくなる。しかし、服は子どもが身につける。シールならたとえば水筒に貼る。これらとセットに考えねば。すると、子ども自身や水筒が「素材」となる。言うまでもなく、子どもそれ自体が可愛いし、水筒にもそれなりの子供らしさがある。子どもと服、水筒とシール、強と強でバッティングすることを避けようと、落ち着いたデザインの服やシールを選んだことには、良い「引き算」ができたとの手応えを感じた。

抽象化すれば、前景を生かす背景のチョイス。点と点を結ぶ線のデザインとも言える。


歴史の特色は、歴史が「起こったこと」の連続として書かれていることである。しかし、人間の毎日の活動の集積が歴史だとすれば、歴史の大部分は「起こったこと」の裏にある「なにも起こらなかったこと」で埋め尽くされていることに気づく。
 ──「いちばん大事なこと」(養老孟司)


先日ふと日本語検定の例題に触れる機会があり、この文章を読んだのをきっかけに、前景と背景、点と線を改めて意識したのだ。

そうして普段の生活や活動を見渡すと、実にさまざまなシーンが思い起こされた。

子どものころアナウンサーを目指していた名残で、ニュース読みや朗読の仕事を少しばかり受けている。喋り方のモデルは、NHKの糸井羊司さんだ。彼の特徴は、「強調しないところ」の音程を徹底的に下げ、聞き取りやすさを損なわぬ限界までさっと流す。ここのさじ加減では他の追随を許さないと思う。極めて均一で安定しているのだ。これにより、大事な部分をより際立たせる。そして全体としてリスナーを疲れさせないことに成功している。ただしこれを実現するには、そもそもどこが強調箇所か(またしない箇所か)を瞬時に判断する力が求められる。言葉単体のパワーだけ見ていると必ず間違う。文章やニュース全体の要約力が試される。読む方からすれば大変な労力だが、逆に言えば単に読むだけではなくさまざまな「筋肉」を使うことになり、活動を通して得られる充実感は格別なものとなる。

子育てでは、教育的な観点で、子どもに何を問いかけよう、どんな話をしよう、と思いをめぐらすのが常だが、最近はそのメインメニューに「能動的な沈黙」を入れている。もちろん僕もついつい自分のことに没頭したりして一定時間意識を向けないことは多々あるが、これと「能動的な沈黙」は全く違う。子どもや、子どもが目を向けている対象をじっくり眺める、向こうから発信があるまで待つ、頷く、表情やジェスチャーで語る、また抱きしめるなど、非言語や「無」の時間を意識的に作るのだ。人間は子どもに限らず、黙して思考や想像を膨らませている。それが外部からの音の入力によって頻繁に中断させられている。特に子どもは自分にとってそれが有用な情報かノイズかを瞬時に分別できない。「能動的な沈黙」により、ひとつの思考をキリの良いところまで完了できる。結果、ストレスは低減する。集中力も増す。確度の高い返答をしたり、落ち着いた態度を一日中維持することが増えたと感じる。子どもは、意思表示をうまくできないとキレやすくなると言われている。親を見様見真似することで、子ども自身も言語以外の様々な表現手段を獲得する。情緒の安定にもさらに寄与しているに違いない。

旅行や仕事の移動時間では、鉄道路線や地名、信号機や標識などの道路構造物に興味を持ってしまう。経営でいえば、売上や利益の金額に全く頓着せず、目の前の仕事において、面倒な作業は限界まで時短し、面白いことはじっくりやる。こうして自分の気持ちの充実、お客さんの満足度に意識を集中させる。表題にある「前景より背景、点より線」の具体例には事欠かない。これが僕なりの、自分で自分を楽しませるすべなのだろう。

少し前に友人が勧めてくれた本の帯に書かれた一文が実に鋭利であった。


効率よく生きたいなら、生まれてすぐ死ねばいい
 ──「今日、誰のために生きる?」(ひすいこたろう、SHOGEN)


結果が大事か過程が大事か、という問いを、誰しも一度は考えたことがあろう。僕は年を追うごとに、「結果を遠くに見据えながら何かをなす過程が尊い」との思いを強固にしている。並列ではなく主従関係なのだが、従なき主ほど空疎なものはないと思うのである。

2023.12

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「パソコンオタクのなんちゃって哲学」は、とみっぺが2018年より、Webマガジン「月刊CAMNET電子版」に連載している記事です。

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