印刷物やWebサイトなどを制作するとき、クライアント(施主)と話をして骨格が明らかになってきたら次にやるのが「情報設計」だ。全体でどんなコンテンツが必要かを洗い出したのち、各ページ(画面)に順序を決めつつ割り当てる。ここで重要なのは、色合いや書体、線の太さなど、コンテンツの装飾は一切考慮しないこと。つまり、WhyとWhatだけに集中し、Howはひとまず脇に置いておくのだ。そこが確定してはじめて、装飾つまりデザインに移る。チームだと、構造を決めるディレクターとデザイナーとでそもそも分業していることが多い。
現代のパソコンにおける作業スタイルだと、いきなりデザインに突っ込んでいったほうが直感的で時短だと一見思われる人がおられるかも知れない。しかし残念なことに、それが適用できるのは抜きん出たセンスの持ち主である場合のみだ。凡人は、デザインから入ると構造を間違う。彩りのために不要な文言を追加してしまったり、ある場所のタイトルの存在感を際立たせたいが故に大事なフレーズを省いてしまうといったうっかりミスが多発するのだ。
商業デザインである以上、施主が伝えたいことが答えとしてはっきりしている。デザインはそれを効果的に伝えるための手法にすぎない。それぞれを目的と手段に言い換えることもできよう。まず、何故に、何を言いたいか、という「構造」を、論理情報として確定し、ためらわずに金科玉条とするのである。
印刷物ではあまり明確ではないが、WebサイトではHTMLとCSS、データベースシステムではテーブルとレイアウトというように、最初から構造とデザインを切り分けて考えるしくみになっていたりもする。最初は戸惑うが、慣れてくるとこうしないとかえってしんどくなってくる。
このように分別して思考をするかしないかで、どのような違いが生じるだろうか。
クライアントとの打ち合わせの場では、何を伝えたいかを把握することに集中するから、質問やメモがシンプルになる。先方がデザインの話をしても、惑わされることはない。どのみち構造にあったデザインしか選択肢にないからだ。また、そもそも先方は素人だ。構造とデザインを分けずに考えている人がほとんどである。これはいまどちらの話なんだろうと分類しながら聞くようになる。クライアントの意見をそのまま取り入れるのではなく、この構造ならこのデザインはない、あるいは、この構造なら先方が全く考えていないこんなデザインも十分に有り得る、など、選択肢を適切に絞り込んだり広げる思考、提案ができる。あとからデザインテイストの変更希望が出た場合でも、構造がはっきりしているので、上記と同様に対応でき、無秩序な変化を防ぐことができる。
制作では、ひとまず内容の文字列や画像を「ベタ打ち」で放り込む癖がつく。あとで細かい装飾の調整のみに注力できるので、トータルで時短だ。掃除と同じだ。まずモップで少しずつ集めては掃除機がけのサイクルを繰り返すより、モップで全部集めて、掃除機でまとめて吸い取るのほうが効率的に決まっている。
完成後のマイナーチェンジなどでも、内容の追加であればデザインを触らずパターナルにやればいいし、逆にデザインを変えたいだけなら内容は論じなくていい。つまり、物事の半分について考慮する必要がなくなる分だけ、もう半分の思考が自由になるのだ。
これは実生活に当てはめられる。とりわけ夫婦やカップル間の意思疎通をはじめとした会話で考えてみるのが絶好だ。
相手がこちらに伝えたい内容や経緯が「構造」、表情や態度、言い方を「デザイン」とすることができよう。受け止める側としては、相手の言い方や態度が悪くても可能な限り目をつぶり、言いたい内容にフォーカスすることで、時間の無駄になる喧嘩を避けられる。また逆に、雰囲気や態度が抜群であるが故に、ころっと変な話に巻き込まれるといった事故も回避できるだろう。
伝える側になればどうか。きちんと論理立てて言ってるのになぜ相手が不機嫌なのだろう。そうか、態度が尖っているのか、といったように、デザインの改善によって伝わりやすさを最適化するすべを身につけることができるだろう。言い方に拘泥するあまり、言いたいことを見失う事態にもならない。
受け取るときは内容にフォーカスし、投げかけるときは言い方や態度に余念なく行き届かせる。人に優しく自分に厳しくの模範ではないか。
SNSでは、有名人の意見に対し、その内容ではなく「なんで上から目線なの」「おまいう」など、言い方やキャラクターをあげつらうコメントが散見される。これは、何を言ったか(What)より誰が言ったか(Who)を気にする対人論証に他ならない。こういった神経症的な反応から自らを遠ざける役目もある。うまく相互に作用すれば、権威への盲従、過度なルッキズム、弱い者いじめを減らす効果もあるに違いない。
凡人は優しさを売りにするしかないが、寄り集まれば世界平和も夢ではないのである。
2023.10