Webマガジン「月刊CAMNET電子版」
2018年から連載している記事のアーカイブです。

#32

パソコンは、「閉ざされ」と「開かれ」の両方を加速させると思う

僕は大学時代にパソコンメンテナンス、Webサイト制作の事業を始めて、ほとんど最近まで誰かと共同して仕事をすることはなく、いつもひとり。その範疇を超える発注は、ことごとく断ってきた。

「どこかに勤めれば、思ったことをそのまま口にしてしまい、きっとトラブルメーカーになるだろう」という自分不信から、徹底して就職から逃げていた。個人事業の中で人とやってこなかった理由も、そこにある。

その点で、インターネット、とりわけGoogle検索の普及進化は、救いの手となった。わからないことをほかの人に相談せざるを得ない機会を革命的に減らした。人間より有能なロボットに聞く方がよいに決まっている、という考えにもなっていた。一人でやるからと言って、孤独なわけでは全然なかった。相手のお客さんがいるからだ。Googleを内蔵した僕という拡張人間ひとりで、お客さんと向かい合っていた。

ところが、35歳を過ぎ、体力気力の限界を痛感し始める。さらに、ほどなくして子どもを授かり、稼働時間が大幅に制限された。そしてとどめは、コロナ禍だ。頼みの保育園が休園になり、子を持つ前の1割以下の時間を工面して日々のタスクをこなしていかざるを得ない日も出てきた。

いろんなことを手広くやりたい派の人間なのだが、さすがに選択と集中が必要だと悟った。つまり、苦手なことをスキルアップさせるべく続けるより、得意なことをたくさんやって収益性を上げるべきという判断に傾いた。かねてよりWebサイト制作では、コーディングは得意だが、営業とデザインはいつも手に余る感覚の連続で、億劫になっていた。

また、以前書いたように、大学では、パソコンの操作そのものより、わからない時にどう調べるか、どう聞くかのスキルを重視して指導している。それを自分自身が実践できていないのではないか。実践すれば、これまでとは違った世界が見えてくるのではないか、という考えも芽生え始めた。

そんなタイミングで、個人でWebの営業をしている旧知の人から、コーダーとして手伝ってくれないか、という話をもらった。メンバーとうまくやれるか不安はあったが、前述の背景もあり、受けることにした。

日々のメンバー間のやり取りは、もっぱらLINE WORKSだ。文字情報だから、全部履歴に残る。データもやり取りできる。Webサイト制作には極めて適していた。また、コミュニケーションに不安を持つ人間にとって、文字のみのやり取りは精神的に荷を軽くしてくれた。この文章を書いているように、上手下手はともかくとして、書くのが嫌いではないのだ。

そうしてコラボ作業の世界に入ってみると、まさに新しいことの連続だった。サブコーダーさんがやりやすいように、独りよがりでなく誰にでも理解しやすいルール作りを求められた。僕を誘ってくれた人はチームのリーダーとして動いてくれているのだが、仕事外の話も含めて、本当に盛り上がるのが大好きで、理屈より感情でつながろうとする義理人情型の人間だ。時々リアルで集まったりして親睦を深めるのも、回を重ねるごとに、緊張する行事から楽しみへと変わった。仕事のやり取りを円滑にするためにも、プライベートな話も含め、みんなが仲良くなっていることがとても重要だと気付いた。

かと言って、円滑な人間関係だけを重んじすぎると、言いたいことを言えなくなり、仕事の品質が悪化する。普段からの信頼醸成の貯金を使って、リーダーは、問題が生じたときははっきりと言い切り、絶対にあやふやにしない。こういう時は文字よりも、電話だ。そうして、お互いの納得を踏まえて事を進めていく。一人でやっていた時には想像もできないコストが、ここには確かにある。だがやはり、それぞれが得意なことに専念注力することによって、より知見を深化させていけるし、苦手な部分を一切考えなくて済む。これは大きかった。これまではできなかった規模のサイト制作に携われるようになった。また完成した時、みんなで分かち合う喜びは、格別だ。

「いやいや、こんなことは当たり前、とっくにみんな知ってるよ」とお勤めの皆さんに言われそうだ。そのとおりである。僕はこれをアラフォーになって初めて知ったのだ。しかし当初の不安を基本に考えた場合、ある程度スキルを付けて自信がある中で参画する他に、道はなかったのだと今でも思う。

このように見ると、僕の一匹狼路線、コラボ化のいずれも、最も大きな力を発揮したツールは疑いなくパソコンだ。他者を受け入れない「閉ざされ」にも、関わっていく「開かれ」にも、パソコンは有用なツールになる。社会学者の宮台真司氏の言葉に、「開かれに閉ざされるな、閉ざされに開かれろ」というものがある。何でも受け入れて芯のない自分になるな、自分なりの確固たる価値観を備えるためにこそ、他者との関わりを恐れるなという意だと解釈できよう。「閉ざされに閉ざされ」ていた自分は、いま(さら)新しい一歩を踏み出したばかりだ。

2023.02

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「パソコンオタクのなんちゃって哲学」は、とみっぺが2018年より、Webマガジン「月刊CAMNET電子版」に連載している記事です。

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