Webマガジン「月刊CAMNET電子版」
2018年から連載している記事のアーカイブです。

#25

マウスは、お化け入力デバイスだと思う

キーボードによって「入力」された文章が画面に表示されたり紙に印刷されたりして「出力」される。アプリのアイコンをタップするという「入力」に応じて、起動し「出力」される。パソコンは突き詰めて言えば、入力と出力で構成される関数的存在だ。操作環境をより良くしようとするとき、やはり入力と出力のデバイスが鍵になってくる。

今回は入力デバイスに絞って考えてみたい。黎明期のパソコンにおける入力とは、もっぱら黒背景に白字の画面にコマンドを入力するものであった。文字入力のデバイスは、スマホの登場までキーボードの独壇場だった。もっとも、スマホでも画面上にキーボードを模したものが表示されるので、広義に言えばキーボードである。

時代が進み、徐々にグラフィカルな操作画面が形作られ、デスクトップ、アイコン、ウィンドウといった要素が確立する。それまでのコマンド入力では、画面上の現在位置といえば何行目のどこにカーソルがあるというだけのものだったのが、座標で表されるようになったので、ある点を素早く指し示すものが必要になってくる。これに欠かせないのがマウスであった。アメリカの発明家であるダグラス・エンゲルバートによって生み出され、のちにAppleのスティーブ・ジョブズが「Apple Lisa 1」に搭載したことを皮切りに、普及していった。当時は画面上に矢印が動くこと自体が革命であった。

マウスには一定の可動スペースが必要で、少し場所を取る。その問題を解決すべく、ノートPCではキーボードの手前に指を滑らせる「トラックパッド」が搭載されるようになる。また、かつてのマウスは底面のボールを転がすものであったが、そのボールの方を手で転がす「トラックボール」というものもあり、一定の根強い支持が今でもある。

画面を指やペンで直接ポインティングするタッチパネルは、古くはシャープ製の電子手帳ザウルスの時代からあるにはあったが、マウスと比肩するまでになるには、iPhoneの登場まで30年を要した。技術的にはハイスペックだが、表示されている画面をじかに指し示す直感性はアナログに近く、従来のパソコンに慣れていない高齢者も比較的すんなりと操作方法を体得できる。

このように、ポインティングデバイスはバリエーションを増やしてきた。しかし、どれも最古参のマウスに取って代わることができていない。紙などに感覚が近いタッチパネルが、なぜマウスを駆逐できないのだろうか。これには、いくつかの要因がある。

指で操作するものとして考えたとき、タッチパネルはどうしてもポインティングの精度が下がる。太さのある指を使って画面を指し示そうとすると、画面に触れた範囲は点ではなく面になる。しかも、その触れた部分が隠れてしまう。この影響が案外大きいのだ。スマホの画面キーボードでタイプミスが多いのは、単に画面が小さいからというだけではなく、そういった原理的な弱点によるものが大きい。デザインなど細かな作業のときに、タッチパネルだけでこれをやるのはかなりストレスフルだ。スマホやタブレットとPCが併存し続ける理由のひとつがここにある。

指の太さの問題を解決するのがペンなのだが、その形状ゆえ、紛失が多発する。コンパクトすぎるのも問題なのだ。また、マウスと比して手の細かい震えがそのまま反映されてしまい、案外ある点を安定して指し示すのが難しい。ボタンをクリックしたりする操作では、この震えがストレスの原因になってしまう。画面ではない板にペンでポインティングするペンタブレットではこれが顕著だった。

そしてまた、タッチパネルの場合は入力と出力を兼ねているので、当然同じ位置にある。それに対して、人間の体は、出力を受け取る目と入力をする手が離れている。スマホやタブレット程度のサイズであれば問題ないが、画面が大きくなるにつれて、手をたくさん動かす必要が出てきて、タッチパネルがしんどくなってくる。かと言って画面を前方に置くと、今度は操作するために浮かせている手が重力に逆らい続けることになり、疲労の原因となる。

つまり、ハイスペック、ハードワーク、精密な作業になればなるほど、新しいテクノロジーであるタッチパネルが役に立たず、最古参のマウスが幅を利かせることになるのだ。これは、物事の進化の原理に反しているようで、とても興味深い。精度、手の運動量、指の効率的な利用において、まだマウスを超えるものが出てきていないということだ。マウスがいかにお化けデバイスであるかがわかる。

そんな中で僕がマウスに取って代わる可能性を感じているのが、ALSなどの難病の方向けに普及し始めた「アイトラッキング」。つまり目線でポインタ移動や選択などの操作ができる技術だ。これが安定して精度も確保すれば、手はほとんど常にキーボードに置いていれば良いので、かなり楽になる。これはPCだけでなく、スマホやタブレットに搭載されれば、手の負担軽減にも役立つはずだ。

2021.08

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「パソコンオタクのなんちゃって哲学」は、とみっぺが2018年より、Webマガジン「月刊CAMNET電子版」に連載している記事です。

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