Webマガジン「月刊CAMNET電子版」
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#20

依存対策は、供給側の規制と代替物の提案が鍵だと思う

コロナウイルスに感染し生死をさまよったイギリスのジョンソン首相は、あらゆる介入を批判し自由主義を推し進める従来の考えをすっかり転換させ、7月27日には、「肥満対策計画」なる新政策を公表した。自身の重症化の一因が肥満にあったとの反省もあるという。

この計画では、サイクリングの奨励、特定時間帯のジャンクフードCM放映の禁止、飲食店のカロリー数明示義務などが柱となっている。国民の健康レベルの向上を通じ、国民保健サービス(NHS)の支出を抑制する狙いを明言した。

これはあるべき政策だとする一方で、人々の自由を制限したりあれこれ指図したりと、余計なお世話だと見る人もいるだろう。

政治行政が市民の健康と支出抑制を目的として、介入的アクションを起こし、誘導を図る。その点で僕は香川県で1月に提示され可決された「ネット・ゲーム依存症対策条例」を、このイギリスの「肥満対策計画」と同じ構造のものとして見ている。けれども、誰にどのような義務をどの程度負わせ、どのようなことを推奨するか、何を狙いとするか(を明確にするか)において、後者はよく練られており、学ぶところが多いように思う。

「肥満対策計画」のサイクリング奨励では、専用道路の増設など、インフラの整備とセットにしている。「ネット・ゲーム依存症対策条例」にこれを当てはめると、ネットやゲームより楽しいことを明確に提案し、そのための環境を整備することになろう。#17に書いた続きになるが、外遊びを奨励するならば、たとえば球技OKの公園を増やす、チームスポーツが難しいなら、一人からでもできる外遊びの提案など、代替物に目を向けさせるような前向きな施策が望まれる。スケートボードなどのコースをもっと積極的に作ったりするのもありだ。なにせ人間の脳は、〇〇するなという否定形を正しく解釈できないように作られている。やるなと言われるほどやりたくなるし、考えるなと言われると考えてしまうものなのだ。その脈略で、条例が出てきたとき「禁止」の要素が過度にクローズアップされた感がある。

また、「肥満対策計画」がまともにみえるのは、様々な義務を、原因を供給している食品メーカーや飲食店に課している点だ。各家庭での努力の目安をこれという根拠のない時間数で示してしまった香川県の条例は、それで儲けている方を明確に縛らないくせに、ある意味で被害者の側に鞭打つように映ってしまったと感じる。現代はメディア戦国時代だ。企業はあらゆる方法で視覚聴覚を刺激するコマーシャルを打ってくる。「肥満対策計画」がCMにフォーカスして規制しようとしているのは大いに参考になる。儲からないものは作らなくなる。人々の健康を害して巨利を得る行為を適切に規制することは当然のことだろう。

これらの問題点が絡み合って、無用な、反発を招いてしまった「ネット・ゲーム依存症対策条例」だが、大きな方向性は妥当なので、より具体性を持たせ、改善していくことが待たれる。

数年前に爆発的にヒットした「ポケモンGO」は、多くの人を家の外に引っ張り出したエポックメイキングなプロダクトだったが、ほどなくして下火になり、今になって高齢者を中心に人気が再燃してきていると言う。ゲームを利用した外遊びがゲーム対策になるのかは議論の対象になろうが、今の時代にITや仮想現実を殊更に避ける必要はない。メーカーだって、ユーザーの健康と自分の利益がセットでやってくるなら、そのほうがいいに決まっている。それに環境を整備する行政のコストから考えても、無いものを1から作るより、仮想現実で描画してしまったほうが安上がりなことが多いだろう。

「ポケモンGO」にも見られる要素だが、「ネットやゲームより楽しいこと」を、既存の何かに求めるのではなく、発明してしまうのは十分に有力な手だ。発明と言っても、たいてい世の中の発明というのは、既存のものを少しひねったり組み合わせたら凄いものができた、というのが多い。新たなスポーツ競技はもちろんのこと、「ポケモンGO」のように散歩を育成やバトルと融合させたりといった着想によって、「ネットやゲーム?まあ必要があればするけど、そんなことより外で遊びたい」と多くの人が言うような世の中になることは決して夢物語ではないだろう。

また、ネットやゲームのコンテキストを転換してしまうのもありだ。たとえば、僕は朝起きて意識をシャキっとさせるために、パズル系のゲームはすごく役に立つと感じている。暇つぶしでのめり込むもの、という固定概念を捨て、なにか明確な目的を持って利用するという考え方が広く浸透してくると、自ずとその目的が達成されると同時にゲームも終了する。

あと忘れてはならないのは、それでもハマってしまう人もいるから、視力の低下を招かないディスプレイの開発や、適度な休憩を強制的に取れるシステムの義務化などだろう。

具体的に考えるべきことは、山ほどあるのだ。

2020.08

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