Webマガジン「月刊CAMNET電子版」
2018年から連載している記事のアーカイブです。

#14

人間の能力は、道具の機能性と不可分だと思う

次々にやってくるお客さんのパソコントラブルに向き合いやっつけていくのが僕の仕事だ。ケーブルが違うところにささっていた等ごくごく初歩的なものから、複合的な要因を地道に取り除かなくてはならない難解なものまで、その内実は多種多様だ。

トラブルが解決したとき、お客さんはもちろん喜んでくれる。そのうえで、この解決は僕のスキルによってなされたものと認識される。たしかに長年の蓄積によって短時間のうちに勘所を見出し解決してしまう事例もなくはないが、実のところ殆どは、知識として持ち合わせていない事柄だ。その場でスマホを持ち、世の中に同様の事例があるかどうかGoogleさんに聞く。大抵のことには先例があるので、出てきた記述に基づいて試行錯誤し、どこかで正解を引き当てる。

この流れのキーポイントは、言うまでもなくGoogleだ。これを巨大な図書館に例えてみよう。

過去の事例が書いた本があるかないか。なさそうならばさっさと図書館を出て別の方法を考えたい。ありそうならばどのカテゴリにありそうか目星をつけて行く。たどり着いたら、どの書棚にあるか目を凝らして探索する。見つからなければ、別の切り口のカテゴリをあたる。とりあえずそれっぽいものがあれば、手にとって開いてみる。余計なページは全部飛ばしたい。ざっと見てだめだと思ったら、すぐに次の本に移る。

僕がGoogleを使ってやっているのはこういうことだ。答えはどこかに書いていることが多いが、どこに答えが書いてあるかの答えはない。これを見つけ出し、解決に資さないものを振り落とし、トライする。このサイクルをいかに速く回すかが、僕がプロとして問われている実質的なスキルであろう。

ここで重要なのは、「僕のスキル」とやらが決してGoogleという道具の機能性と分けて評価できないということである。

古来から人間は常に道具とともに生き、能力を拡張してきた。料理のスキルは、火、水などの自然物と調理器具でもって材料をどう扱うかであるし、スピーチのスキルでは、限られた日本語の語彙をどうやりくりするかが大きい。これらすべてに言えるのは、人間が活用方法を進化させていくに従って、道具の方も改良されていくことだ。

ITやAIの出現も、もちろんこの流れの延長線上にある。ただ、メディアアーティストの落合陽一がAI時代を「魔法の世紀」と形容したように、これまでの道具と比較してAIがあまりに予測を超えたアウトプットをもたらすため、人間のスキルとの一体視を忘れ、「AIすげー」と独立して評価しがちだ。

これも、魔法は魔法使いがいて初めてポテンシャルを発揮できるのだと冷静に考えれば、なんてことはない。あくまでITもAIも人間が作った製品、人間が書いたプログラムだ。これらにどのようなインプットをいかに迅速に行うことができるかが全てである。逆に言えば、インプットが頓珍漢だと、結果の悲惨さも極端になる。

以上の前提に立つと、巷にあふれる常識が違って見えてくる。

まず、「人間の仕事がAIに奪われる」という言説はおかしい。「AIを使いこなせない人の仕事が、使いこなせる人に奪われる」なら、厳しい現実には変わりないが合理的帰結として考えうる。人間がより自然な形でAIと対話できるような進化がなされ、普通に生活していれば使いこなしているという状態に近づいていくにせよ、そのバックグラウンドで仕組自体を作る側と、その恩恵を享受する側との格差は自然にはなくならないだろう。

また「ITやAIによって人間が退化する」とよく言われるが、正しい間違っている以前に意味がない。これまでだって人間は、たとえばより高性能な衣服や冷暖房の登場によって、臨機応変な体温調節機能を徐々に失ってきた。これを退化と呼べなくはないけれど、その辺の性能がマッチョであっても、利用されないから無駄でしかない。重要なのは同じ気候条件下で生存率が上がったということで、この観点では間違いなく進化しているのである。

さてこのように考えると、「自立」と「依存」の境目がだんだんわからなくなってくる。たとえば仕事をやるにあたって、群れないタイプの人と、とにかく人脈を増やすタイプの人に大別される。前者が「自立型」、後者が「依存型」と割り切れるだろうか。結局どちらも様々な道具に依存しているではないか。行き着くところ、依存の質と量を洗練させていくところにしか、その人を強くする方法はないように思われる。「人間一人では何もできないのだ。」に続けて「人『や道具』を大事にしよう。」と追加すべきなのは、IT時代ならではの変化かもしれない。

したがって、良い人間と付き合いたいと思うのと同様に、良い道具を選ぶこともかなり重要と言えよう。ましてや道具のクオリティはほとんどお金で解決できる。ITデバイスは費用対効果が絶大だ。道具のせいで自分のアウトプットが制限されるなどといった残念な時間は1秒でも縮めたいところだ。

2019.08

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「パソコンオタクのなんちゃって哲学」は、とみっぺが2018年より、Webマガジン「月刊CAMNET電子版」に連載している記事です。

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